こんばんは!
じゃじゃうマンです。

卒業生のブログを読みました。
(※ブログはTwitterに掲載してあります)

普段は「自分が記して、選手たちが読む」のに対して、この逆パターンは考えたこともなかった。

『選手が記して、自分が読む』

すでに卒業しているので在籍選手ではありませんが、とても新鮮で不思議な感覚でした。


ちゃんとした文章を書いてるし、感性も大人になったなぁ~って。
もう22歳になるので当たり前かもしれませんが、まだ声変わりしていないあの頃の記憶と比較するとね…。

遠征中の食事に苦戦していた時に、『お母さんの作るご飯が食べたい。だったら食べれる。』と言っていた甘えん坊ちゃんだったからな(笑)



読んだ感想は、『とても良い経験ができて良かったな!』って純粋にそう思いました。

きっと良い仲間に出会えたんだろうな。
そして…。
いろいろ感じて…。
あれこれ考えて…。

社会に出る前の良い準備ができたと思う。


今の時代は、「勉強!勉強!」と学力に対する意識が強い世の中で、もちろんそれは将来の選択肢を増やすために必要なことかもしれません。

しかし大事なことは、選択肢の中から決定した後に、その世界で生きていかなければならないということ。

そこを軽視してはいけないにも関わらず、選択肢を増やすことだけに一生懸命になりすぎている人が、あまりにも多いと感じています。

何か好きなことにとことん向き合うなかでしか得られないモノって絶対にあると思うんですよね。上手く説明できないけど…。
それが生きていく力になっていくというか…。



今のご時世は周りの大人が先回りして、本人に経験させる前からあれこれ言い過ぎなんですよね。
アドバイスではなく、「どうせ絶対にこうなるからこうするべきやて!」みたいな誘導であることが多い。

でも、自身がいろいろ感じるなかで、それに対して自分がどうしたいのか?を考えて行動することが大事だと思うんですよね。

先回りしてあれこれ言うのであれば、極論を言っちゃえば「人間はどうせ死ぬのだから、何をやったって無駄だよ」って話になってしまう。



純粋にサッカーが好きで、プロサッカー選手に憧れて。
でも自分自身の判断でそれを断念したことが、重要なポイントだと思います。

いや、たぶん違うな…。

断念したわけではなくて、『自分がこの先の職業として生きていきたいと思う世界ではなくなった。サッカーは好きだけどね。』って感じじゃないかな?

本人に聞いたわけではないので、正確にはどうなのかはわからないけど、彼の性格を考えるとそんな気がします。

誰かに道を強要されるわけではなく、納得いくまで追い続けて、その過程で自分自身で「感じて」「考えて」。
その過程があるからこそ、悔やむことなく自分のその先の道を選択できる。
だからこの先、「自分で選んだ道だから」と人のせいにしたり言い訳をすることなく進んでいける。

その過程を学生時代に体験できたことは、とても貴重で大きな財産になることだと思います。


これまで温かく見守ってくれた親さんにホント感謝だね。

小学生の頃から高校を卒業するまで、試合に出られなかった経験ってほぼないと思うから、Jユースや全国強豪校から集まる大学に行かせるのは、親さんとしてはさぞかし不安だったと思う。
挫折して人間的にも変わってしまうんじゃないかってね…。

一般的に親さんって、試合に出ている息子を観るのが楽しみだから、選ばれないことに対して精神的に受け入れ難いところがある。
だから小学生時代からずっと試合に出続けてきた大輔なら尚更のこと。
その部分に免疫がないからね。本人にも親さんにも。

そんな時でも温かく見守り続けてくれたことにホント感謝だね!



いや~、あの頃を思い出すな~。

席田で練習が終わった後、平日のナイター練習であっても、グラウンドから家までいつも走って帰ってたよな。
お母さんにカバンとボールを預けて、「じゃ!」って暗闇のなかに消えていった。


夏の遠征で長野県に行ったときに、最後の試合が不甲斐なくて…。

ちょっと話の流れを細かく説明することはできないんだけど…(お察しください)

大輔が目の前に現れて、こちら的には臨戦態勢に入る。

すると大輔は突然スパイクを脱いでそれをこちらに差し出し、その場で正座をしてこちら側に頭をスッと傾けてきた。

「お願いしまーすっ!」って、とっても元気な声で。

意表を突かれたわ。(笑)

そして大輔に続け!と言わんばかりの勢いで、次々に「お願いしまーすっ!」と選手全員が。(笑)

大輔ってそういう奴なんだよな。
その行動自体が大輔そのものを物語っているというか。

当時は「理不尽の塊」みたいだった自分に対して、ふてくされることもなく、反抗してくるわけでもなく、常にこちらの想像を越えた姿勢で接してきた。
常に意表を突かれた。

鹿児島の桜島の時もそうだった。
長崎の雲仙岳の時もそうだった。

試合後のマイクロバスが、何も伝えられることもなく、宿舎の方に向かうではなく、ゆっくりと山の方へと向かっていく。
危険を察知した選手たちは、車内での会話もなくなり、どんよりとした空気を醸し出す。

登り坂に差し掛かった所で、「おい、靴紐そろそろ結んでおけよ」と一言だけ。
選手たちは確信に変わる。

ゆっくりと坂を上り続け、急勾配に差し掛かった所で無言のままマイクロバスの扉が開く。
静かな山中にて、「プゥー」という扉の開く音だけが無情にも鳴り響く。

ルームミラー越しに映る、みんなのあの重い表情と空気感がたまらない。(笑)

しかし加藤大輔と山田智貴の二人の言葉が、いつも重たい空気を一掃する。

『あ~~…。も~~…。…。。。でもしゃーねーやん!やるしかねーやん!やってやろーぜ!』
『おー!やろーぜやろーぜ!やってやろーぜ!』

すると周りも、
『そーやなー!やらなどうせコーチ帰らせてくれへんしなー!』
『嫌々やったって辛いだけやで、がんばってやろーぜ!』

みたいな声が徐々に出てきて、結局笑顔で前向きに始まる。

いつもそうだった。

あいつらの笑顔と前向きな声で、チーム全体の雰囲気がガラッと変わってしまう。
こっちはみんなの苦しそうな表情が見たいのに…。(笑)

やりきったときの達成感から来る彼らの笑顔は、いつも素敵だった。

そして後藤遼は決まって最後のランナーだった。(笑)
(↑高校時代は岐阜県ベストイレブンのGKです。彼の名誉を守るために言っておきます。でももう少し痩せろ!俺もか…)

最後の遼がゴール地点に近付いた時、みんなで出迎えてZARDの「負けないで」を勝手に大合唱していた。
24時間テレビか!(笑)

そしてゴールしたときに、みんなで祭りだワッショイ!的な大盛り上がりを俺に見せつけてくる。
いつもこうなる。

勘違いされるといけないから言っておくけど、走りきったあとに桜島展望台で白熊くんアイスみんなに買ってやったでな。その後の下りも走らせたけど。(笑)
壮祐が道を間違えて、余分に走ったやつな。

指宿で砂蒸し風呂を体験させてやったし、ソーメン発祥の地と言われる唐船峡でソーメン食わしてやったぞ。知覧特攻平和館にも連れてって社会見学させてやったしな。

まぁ要は、根っからの極悪人ではないってことを強く言っておく。
たぶんな。(笑)


随分と話が逸れちゃったけど…。

とにかく、こちらが理不尽を繰り返し与えても与えても、笑顔で前向きに立ち向かい乗り越えようとする姿勢と、さらにはそれを周囲をも巻き込む不思議な力を持っている。
いつも彼の周りは笑顔で溢れている。
それが加藤大輔という男。

U-15主将にして良かったと思っています。
(初めて言うからちょこっと恥ずかしい…)



最後に。

良い経験ができたときの仲間って、一生の友達になる。

これから就職したり、家庭ができたり、段々と共に過ごす時間は少なくなっていくけど、心ではずっと繋がっている仲間になると思う。


【立命館の大輔の仲間へ】

皆さんという良い仲間に出会えたことで、大輔は大きく成長できたと思います。
ありがとう!

って自分が言うのも変なんだけど…(笑)
でもなんか、ありがとう!(笑)

君らも感じてわかってると思うんだけど、大輔ってそういう奴やんな?
大輔といつまでも仲良くしたってください。

🏆優勝おめでとうございます‼️





今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございました!