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いきなりですが、このイラストが「何を伝えたいのか?」は言うまでもなく、ほとんどの方が理解することだと思います。


しかしある人がこう言ったとします。
『便座でのバレーボール禁止?』


さて、皆さんはそれに対してどのように感じましたか?


確かに作成者が伝えたいこととは違っていますが、自分は「何をどう見たらそんなるんや!」と強く言えるほどその発想を100%否定できません。
「あ~、たしかにそうも見えるな。」と。

『いやいや、だって普通に考えたらわかるやんそんなの!』って仰りたい方の気持ちもわかります。

でもその「普通」の違いが、指導の現場では頻繁に起きるんですよね。
その相手が中学生や小学生なら。
低年齢であればあるほど…。



こんばんは!
じゃじゃうマンです!
(今日はじゃじゃうマンです!)



何かを伝える時って、必ずこういうことが起きるんですよね…。
受け止める側の「見え方」や「解釈」によって、こちらが伝えたいこととのズレが生じます。

それが生じないよう伝え方を工夫したつもりでも、「こちらにとっての当たり前」が『受け手にとっては当たり前ではない』こともあり、なかなかそこにこちらが気付けないこともある。
そこが盲点となってうまく伝わらないことがあります。



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四角を「枠」ではなく『ヒント』と捉える





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良く書けました!
(こういう時ってね、女性は指の爪に目がいくんですよね。でも男性は話のテーマの部分に目がいくんですよね。まぁ、どうでも良い余談ですけどね…)


どちらも不正解ではないと思うんです。
でもテストでは不正解とされます。
このことにすごく違和感があります。

だって出題者が設定した答えではないかもしれませんが、不正解である要素もないと思うんですよね。
間違いだと言い切れる理由がない。


こういうところがね…日本の教育方法の気に入らないところなんですよね…。

っていうか、サッカーが上手くなりにくい原因でもあると思っています。



なぜ「出題の仕方に問題があった」とならないのか?
なぜ「その出題方法では答えは一つにはならないよね?」とならないのか?



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学力を上げろと簡単に言うけどさ…。
自分だったらこれらの解答をした子供たちに学ばされます。



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さすがにこれは違うと思いますが…




「たしかにそういう解答もあるよね!」で良くないですか?
なぜそれを不正解というかたちで否定をするのかが全く理解できません。

もし答えを一つにしたいのであれば、そういう設定の出題方法にするべきだし、それを掻い潜っての全否定できない解答者がいたのであれば、それはある意味称賛に価する発想の持ち主だと思います。

そこで出題者側も知恵を絞って、次は新たな出題方法を考える。
そして「これで完璧だろ。答えは一つになるはずだ。」と満を持して出題する。
しかし子供たちがさらに掻い潜った全否定できない解答をする。

このサイクルがお互いの知恵を高めることになると思うんですよね。


教養を上げろ!と簡単に言うけどさ…。
不正解というかたちで否定することは簡単ですよ。
でも出題する側も工夫していかないと、子供たちが違った要素を身に付けていってしまうんじゃないかな?って思います。


知識を与えるだけでなく、知恵も磨く教育方法であってほしいなと思います。


そういった指導方法を心掛けていきたいです。





今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。