新たにコーチが加わりましたのでお知らせいたします。

◼️金武壮祐(カネタケソウスケ)
[生年月日]1998/02/17(22歳)

メジェール園児スクール→メジェールU12→メジェールU15→中京高校→愛知学院大学→社会人
2009:ナショナルトレセン東海


園児時代からジュニアユースを卒業するまでの10年間を、じゃじゃうマンが担当し続けたのは過去にたったの2人だけ。
そのうちの一人が金武壮祐。
長く在籍した選手は他にもいますが、ある期間はじゃじゃうマンが担当でなかったりすることがほとんどなので、かなり稀なパターンのOBだといえます。

在籍期間の長さだけでいえば、山田怜旺(ヤマダレオ)[現:JAPANサッカーカレッジ]が13年間在籍していました。当時はユースチームがあったこともありますが。



そんな金武壮祐のエピソードを少し紹介したいと思います。


園児時代の話。
園児スクールにお母さんが送迎できないときは、当時まだ高校生であったお姉さんの自転車の荷台に乗せられ、いつもニコニコしながら登場していました。
プライベートでどこかでばったり出会ったときは、なぜかいつもサッカーボールを持っていました。
コンビニの店内からサッカーボールを持って出てきた園児の姿を目撃したときは、『今でもこういう子がいるんだ』と何だか嬉しい気持ちになったことを今でも覚えています。(そうそう、昔、本田団地の近くにミニストップがあったんだよね。あそこで目撃しました。)
どこへ行くにもいつもサッカーボールと一緒でないと気が済まない生粋のサッカー小僧でした。



小学2年生?3年生?の時にクラブ選手権U12に出場。
当時岐阜では有名だった6年生のクラブJのY選手から強烈なショルダーチャージを受け(※正当なチャージでした)、ドラマのワンシーンかのように弾き出されて宙を舞い・・・地面へ。

『怪我だけで済むなら不幸中の幸い』と思ってしまったほど、過去3本指に入る本気で焦った衝撃具合でした。

そしたらすぐにスッと立ち上がり、ニコニコしながら楽しそうにボールを追いかけ始めました。
『えっ?!・・しかもアイツ笑ってる…、えっ?』
ドラゴンボールの孫悟空かと思いました。

その後も何度か体格差の洗礼を受けながらも、ニコニコしながら何度でも立ち上がり、ニコニコしながらボールを追いかけるその姿を見て、『コイツは馬鹿なのか?それとも変態なのか?』と思ってしまうくらい、恐怖心を微塵も感じさせない勇猛果敢なプレーを最後まで披露してくれました。

壮祐のお母さんとは、10年もあってたったの数回しか話したことがないと記憶していますが、「危ないからやめさせてください」とは絶対にならないタイプの方で、「本人が好きで楽しくやっているならそれで良いです」「何かあったらその時はその時ですよ」といったスタンスの方でした。
逆にお父さんのほうが少し心配性なところがありましたが、それはお母さんと比べたらの話になるので(笑)。


プレーの質や成績などについては紹介を省きますが、多くが認めるMr.メジェールとだけ言っておきます。


現在は社会人一年目。
公務員として勤めているのでメジェール専属というわけにはいきませんが、可能な範囲で今後関わってくれます。
メジェールのイズムを継承した男が、そこに自身の経験で培ったものをプラスし、より進化したカタチで、所属選手達に利益をもたらしてくれると信じています。